日本人に外国移住先として人気のMalaysiaで発行されていた長期滞在ビザMM2Hの改悪が2021年8月に発表されたのち,MM2H保有者を中心として猛抗議の声が上がりました.
本記事では,MM2H改悪が発表された後のMalaysia国内の動向と,落とし所としてMalaysia政府が示したMM2H改悪の修正を紹介します.
大どんでん返しのドラマを見ているようなMM2H狂想曲は,とりあえずは閉幕となりそうです.
私はMalyasiaで3年駐在員をしていて,将来的にはMM2Hの取得も考えていました.(少なくとも従来のMM2H取得条件は充分に満足していました.)
MM2Hの条件引き上げに伴う意見については,MM2H保有者の方が特に抗議の声をあげておられていますが,あえてMM2H非保有者である現地在住者の私こにゃんが少し違った視点でMM2Hの改悪について記事を書きたいと思います.
MM2Hの改悪
私はMalaysiaで駐在員として仕事をしています.
駐在員になる前からMalaysiaの長期滞在ビザMM2Hの存在は知っていました.
海外生活をしてみたいなと考えており,取得条件の緩いMM2Hは検討対象でした.
MM2Hについての説明と引き上げられたMM2H申請条件については次の記事をぜひご参考ください.
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新MM2Hは条件引き上げで改悪,マレーシア長期移住ビザは過去のもの?【2021年8月】
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MM2Hとは
MM2H(Malaysia My 2nd Home)は,Malaysia政府が外国籍の長期滞在者向けに提供しているビザです.
- 2002年にMM2Hが開始
- 累計で57,478名がMM2Hを取得
- 旧来のMM2Hは一度取得すると,10年間ビザ有効
- MM2H保有者は配偶者を帯同できる
MM2Hの条件は日本の年金受給者でも取得できる緩いものであったため,多くの人が興味を持ち,海外長期滞在ビザとしてMM2Hは人気を集めていました.
ポイント
MM2H参加者の11%近くが日本国籍で,約6,000名の日本人MM2H保有者がいると推測されます.
MM2Hの突然の改悪(2021年8月発表)
2021年8月11日Malaysia内務省により,コロナ禍を理由に1年2ヶ月近く停止していたMM2H新規受付が2021年10月から再開されることが発表されました.
→FMT: Malaysia My Second Home to resume in October
しかし,再開されたMM2Hは同じ長期滞在ビザとは呼べないほど厳格な条件に変更になりました.
新条件 | 旧条件 | |
年齢制限 | 35歳以上 | 20歳以上 |
年間滞在日数 | 90日以上 | - |
国外収入(月収) | RM 4万(日本円 104万円) | RM 1万(日本円 26万円) |
定期預金 | RM 100万(日本円 2,600万円) | 50歳以上:RM 15万(日本円 390万円) |
50歳未満:RM 30万(日本円 780万円) | ||
更新期間 | 5年ごと | 10年ごと |
流動資産 | RM 150万(日本円 3,900万円) | 50歳以上:RM 35万(日本円 910万円) |
50歳未満:RM 50万(日本円 1,300万円) | ||
年間維持費用 | RM 500(日本円 1万3千円) | RM 90(日本円 2千円) |
事務手数料 | 本人 RM 5,000(日本円 1万3千円) | - |
被扶養者 RM 2,500(日本円 7千円) |
ポイント
従来の条件であれば日本の年金受給者でもMM2Hを取得できる可能性がありましたが,新条件は国外での月間収入104万円が要求されれておりMM2Hの新しい対象は外国人富裕層となりました.
既存のMM2Hで新条件を満たせる人は2%
2021年10月からMM2H窓口の再開が大きな波紋を呼んだ最大の背景は,MM2Hの新規条件が既存のMM2H保有者にも適用されると発表されたことです.
MM2H顧問協会(MM2HCA)が行った調査によると,925名の外国籍回答者のうち,98%のMM2H保有者は新しいMM2H条件を満足することができないと回答しています.
→The Malaysian Insight: More than half of MM2H participants not renewing visas, survey shows
ポイント
従来のMM2H参加条件のときは毎年5,000人近くが新規にMM2Hに参加していました.新条件になるとMM2Hの新規参加者は,5000人 * 2% = 100人を下回る見込みです.条件が厳しくなっただけでなく,手数料も高くなっているため条件を満たせても参加を見送る人がでてきそうです.
98%のMM2H保有者を国外に追い出す新条件を発表したMalaysia政府の狙いは「国家安全の危機」とされています.
条件改定の背景には「高い品質」「経済成長」「国家安全」
MM2Hの条件改定の理由について,MM2H所管する内務省のHamzah大臣は「MM2Hの新条件は高い品質の外国籍参加者をMalaysiaに呼び込み,国内経済の成長に寄与してもらう」ためだと述べています.
そして,新しい選抜基準により「国家治安の維持」のためにもなると.
→The Star: Revision of MM2H criteria also gives improved security, says Home Minister
MM2H”改悪”についての内務大臣の発言で重要な単語は3つです.
- 参加者の高い質(High quality)
- 国内経済成長への寄与
- 国家安全の改善
従来のMM2H条件ではMM2H参加者が政府の期待3つを満たされていなかったと考えるのが自然でしょう.
緩い条件で参加者を募っておいて,後出しジャンケンで「君たちは期待はずれだ」というのは非合理です.
自国に外国人が大量に押し寄せたら
私がMM2H保有者だとしたら,内務大臣が「国家安全の危機だから既存MM2H保有者を排除します」と言い出したら頭にきます.
一方でMalaysia政府の立場になると,内務大臣の発言趣旨は理解できます.
私はMalaysiaの内務大臣が上記3つの危機感を持っていることは「当然」だと思います.
日本でMM2Hのような「海外の年金受給者を受け入れます」という長期滞在ビザを開始したら,国家安全に関わる事態に発展します.
今回のMM2H条件を引き上げたMalaysia政府の判断は保守路線への系譜と読めます.
Sarawak州・Sabah州の独自長期ビザも見直しされる
Hamzah内務省大臣は,MM2Hの条件を引き上げた理由を述べる文脈の中で,「Sarawak州・Sabah州が独自に行なっている長期滞在ビザS-MM2Hの見直しを行う準備がある」と発言しました.
Sarawak州・Sabah州の行なっている長期滞在ビザはMalaysia政府の長期滞在ビザMM2Hと一国二制度となっていました.
ポイント
MM2Hの条件引き上げに伴いSarawak州・Sabah州のビザも厳格化する方向で改定が行われると予想されます.
MM2H狂想曲
MM2Hの改悪が発表されてから,MM2H保有者を中心とした抗議の声が上がり署名活動も立ち上がりました.
内務省の態度は頑なでしたが,MalaysiaのSultan(君主)の1人が立ち上がりMM2Hの見直しに待ったをかけました.
Johor州君主(Sultan)による政府批判
2021年8月15日にMalay政府が新しいMM2Hの基準を発表した2週間後に,Johor州君主がFaceBook上で政府の姿勢を批判しました.
→Malay Mail: Johor Sultan: New MM2H conditions too restrictive, will drive foreigners away
Johor州君主の批判としては,「長期ビザMM2Hの条件を変更することで国外からMalaysiaへの信用を失い直接投資を失う」というものでした.
指摘内容としては妥当性はあります.ただし,なぜ「Johor州君主がMM2Hの継続を維持するために声をあげたか」を考える必要があります.
Johor州君主の抗議の真相については私は知りませんが,合理性のある仮説は聞いたことがあります..
Johor州の君主による首相との直談判
Johor州君主がFaceBook上でMM2H改悪をした内務省に対して遺憾の意を示したにもかかわらず,肝心の内務省は一向にMM2H条件引き上げは当然のことであるという弁を続けます.
Johor州君主はさすがに腹に据えかねたとみられ,2021年9月25日にIsmail Sabri首相にMM2Hの見直しを直談判をします.
→FMT: Johor Sultan meets PM over MM2H conditions
新条件でのMM2Hが再開する1週間前の出来事でした.
Malaysia国内においては君主批判はご法度ですので,君主に対する具体的な言及は避けざるを得ませんが,君主による政治介入の構図は興味深いです.
MM2H改悪の一連の出来事だけではなく,一般的に政治的な転換点に差し掛かるたびに君主たちによる政治への提言が見受けられます.
逆に,政治家による君主の政治利用も目立ちます.
既存MM2H保有者のみ更新条件を再見直し
Johor州君主がMalaysia首相に直談判をして1週間ほど経った後になり,MM2H管轄の内務省からMM2H条件の見直しが発表されました.
条件が引き上げられたMM2Hの受付が開始した2021年10月に入ってすぐの出来事です.
既存MM2H保有者は猶予期間が伸びた
2021年8月に突如発表されたMM2Hの新条件は新規申請者と既存のビザ保有者両方に適用されることになっていましたが,2021年10月になりHamzah内務省大臣は条件の一部見直しを発表しまました.
→The Star: Hamzah: Easing of rules for existing MM2H holders
MM2H条件の修正内容は,既存MM2H保有者に限り,更新の際に求められる条件は次の2つとする.
- MM2H保有の年間手数料RM90(日本円 2,400円)からRM500(日本円 13,000円)に引き上げる
- Malaysia滞在年間日数は90日以上とする(既存条件では滞在日数の規定なし)
長期滞在ビザの更新条件としては理解できるものでした.
いままでMM2Hのみを取得して実際はMalaysiaに移住していない人が7,000人近くいると言われていましたが,今後はビザ更新の際にこれらの非滞在者は更新を断られることになります.
妥協も政府の思惑通り
徹頭徹尾,Malaysia政府に主導権のあるMM2Hの交渉でしたが,予想通り交渉の着地点もMalaysia政府の思惑通りでした.
政府としてはMM2Hをいち早く富裕層だけにしたいわけですから,既存の数万人に恩赦を与えたところで妥協の範囲内です.
むしろJohor州君主は「既存MM2H保有者を何とか助けてくれ」と直談判したわけではなく,「Malaysiaへの直接投資を失う」と警告をしたわけです.
Malaysia政府の再見直し結果は,Johor州君主の直談判を無碍にした形となっています.
硬い表現を使うと,立法府と君主の独立性を維持したともいえます.
Malaysia政府の戦略通りの展開
MM2Hを富裕層だけの長期滞在ビザにして既存MM2H保有者を追い出したいMalaysia政府と,自分の住処を失うMM2H改悪を阻止しようとするMM2H保有者という対立構造がありました.
綱引きに例えると,Malaysia政府はいきなり綱を不意に引っ張って,MM2H保有者たちを驚かせました.
もともと力の差が歴然としていましたので,政府相手に綱引きにはならないのですが,長期滞在者たちの嘆願が政府に届けられると政府は手綱を緩めて”1%の譲歩”をします.
1%負けたふりをして,政府99%の勝ちをとりました.
しかも,MM2Hの維持手数料もしれっと値上げに成功しました.
MM2H改悪抗議は縮小
政府に反対していた人を分類すると,
- MM2H保有者
- MM2H新規申請者,申請予備軍
- MM2Hに関連した事業従事者
MM2H保有者の中には一時は阿鼻叫喚に陥れられました方もいましたが,結局政府の見直しで安心をしています.
政府は1%の負けを演じたことで,MM2H保有者たちはこれ以上抗議をする必要がなくなりました.
Malaysia政府は既存MM2H保有者に対して従来に近い条件でMM2Hビザの更新を認めたわけですが,所詮は10年,20年という時間軸で既存MM2Hの大部分が去っていくことは自明です.
ポイント
20年後にはMM2Hは,Malaysia政府が目指していた富裕層だけの長期滞在ビザとなります.
長期滞在先がMalaysiaでなくてはならない理由とは?
新規でMM2Hを申請した人にとっては,結局Malaysiaでなくてはならない理由はなかったと思います.
低い条件で申し込めるからMalaysiaを選んだだけであって,Malaysiaそれ自体の何が良かったわけでもないだろうと.
ThailandでもAustraliaでも外国人向けに長期滞在ビザを提供している国はあります.
私は駐在員としてMalaysiaで生活と仕事をしていて,Malaysiaが好きです.しかし,少し古風な言い方ですが,この国で骨を埋めるつもりはありません.
街の風景,自然のあり方が私の求めている理想像とは違いました.
Malaysiaが嫌いになったというわけではありません.青春期に仲良くしていた友だちと徐々に疎遠になっていくような気分です.成長の段階で必要な関係だったけれど,必ず別れが必要になる.
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MM2H保有者を対象にした事業をされている人たちにとってMM2H保有者との別離は歓迎はできませんが,MM2H保有者がビザ更新をして”もう少し”長く居残ってくれれば少しは食い扶持を稼げます.
事業撤退の時期を後ろに伸ばせたので,今のうちに新しい事業を考えれることも可能です.
MM2Hの議論の不自然さ
MM2Hの条件引き上げに関する政府答弁は,MM2H参加者に「高い品質」「経済成長への貢献」
「国家治安の維持」を期待していると述べられました.
Malaysia政府は保守へ
私自身はMM2Hを保有していないので,Malaysia政府のMM2H改悪に対して反感は覚えませんが,却って政府の方向性については理解をできるところもあります.
多様性を持つMalaysiaではありますが,当然のことながらMalaysia人のための国家であるべきです.そして特にBumiputeraのために.
年金暮らしの所得でも取得可能な長期滞在ビザであれば,外国人の質を選択することはできません.月30万円弱の所得の長期滞在者が毎月100万円もMalaysia国内で消費をするわけがありません.
国家治安という観点にしても,外国人の人数が増えれば懸念が比例して増すことは当然でしょう.
Malaysiaは外国人富裕層を呼び込めるか?
日本でもMM2Hのような条件で外国人が長期滞在できるビザが発行されれば,保守層からの反発は避けられないでしょう.
Malaysiaは発展途上国だから外国人を利用して国内経済を成長させようとしているという見方は正しいと思うのですが,いつまでもこれではダメだと自己反省に至ったMalaysia政府はむしろ自浄能力があるともいえます.
MM2Hの新しい狙いは富裕外国人ですが,富裕層をどれだけMalaysia国内に呼び込めるか未知数です.
株の譲渡益などに対するcapital gain課税がないことは富裕層を惹きつける魅力であることは間違いありません.
一方で,Malaysiaの観光資源は同様の長期滞在ビザを提示しているThailandに比べると少なく,富裕層むけの娯楽が少なく,長期滞在の本来的な意味でいうとMalaysiaが競争に勝てるのかは疑問が残ります.
まとめ:MM2Hは限られた富裕層に,Malaysiaは新しい成長を模索
Malaysiaは2021年10月から引き上げられた条件のもとでMM2Hの受付を開始しました.
新規でMM2Hに申し込むためには,国外での月収が104万円を超えており,Malaysia国内で定期預金を2,600万円相当の現地通貨を預けなくてはいけません.
既存のMM2H保有者に対しては従来に近い条件で更新を認めたものの,MM2Hを取得後に実際にMalaysiaに住んでいない人の更新は認めない方針となりました.
私はMalaysia政府がMM2Hを実質的に廃止する方向性を打ち出したのは意外ではありましたが,新しい経済成長を模索しているように映りました.
Malaysiaは,中東諸国ほどではないけれど今まで天然資源に恵まれてきました.
パーム油,ゴム,錫,石油.
MM2Hという長期滞在ビザにより海外の小金持ちを呼び込んで国内での消費を増やす一方で,安い外国人労働力を利用して製造業を発展させました.
Malaysiaは天然資源と外国の資本を生かしながら,上手に経済を成長させてきました.
Malaysiaの成長が鈍化してきた今,技術革新に乗って経済の成長戦略を変えざるを得ない段階にさしかかっています.
MM2Hの条件改悪は次の成長を模索するためのケジメのようにも感じます.
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新MM2Hは条件引き上げで改悪,マレーシア長期移住ビザは過去のもの?【2021年8月】
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ここまで本記事をお読みいただきありがとうございます.
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